ポメラDM200で書かれた「荒地の家族」を読んだ

ポメラDM200,ポメラ雑談

ポメラで書かれた「荒地の家族」が芥川賞を受賞

以前にも紹介したことがありますが、ポメラDM200で書かれた佐藤厚志さんの小説「荒地の家族」が芥川賞を受賞しました。相互フォロワーさんも読んだという声を聞いていたので取り寄せて読んでおりました。先日読み終わったので、記録を兼ねて記事にしようと思います。

作中にポメラの「ポ」の字を探す

今回の記事では作品のテーマには全く触れません。そして、作中にはポメラの「ポ」の字も出てこないのですがむりやり「ポメラ要素」を探します。

詳細なネタバレはありませんが、まっさらな状態で読みたいと思っている人は読み終わってからの閲覧をおすすめします。既読の方は「どれだけ無茶な読み方するんや?」という感じでツッコミを入れつつ読んでもらえたら幸いです。

「荒地の家族」のあらすじ

新潮社から出ているあらすじを引用しておきます。

元の生活に戻りたいと人が言う時の「元」とはいつの時点か――。40歳の植木職人・坂井祐治は、あの災厄の二年後に妻を病気で喪い、仕事道具もさらわれ苦しい日々を過ごす。地元の友人も、くすぶった境遇には変わりない。誰もが何かを失い、元の生活には決して戻らない。仙台在住の書店員作家が描く、止むことのない渇きと痛み。

https://www.shinchosha.co.jp/book/354112/

受賞後にテレビでよく紹介されて印象に残っていたのが「仕事の道具を(津波に)さらわれた」点です。

これを知った私は、例えば主人公は名人と呼ばれる人の特別なハサミを使っていて、それが遠く離れたどこかで見つかるとか、あるいはハサミを作った名人にもう一度特別なハサミを作ってもらうとかそういうストーリー、あるいはエピソードが登場すると思っていました。

職人は道具にこだわる人は多いですし、作者の佐藤さんも仕事道具のポメラを失ったらどんな気持ちになるのかを想像しながら書いたのではないか……そんなことを思って読み進めたわけです。

結論から言うと、そういう話ではありませんでした。

「道具」に対する言及が少ない作品

そもそも作中では仕事道具に関する言及が極めて少なかったです。
倉庫ごと流された「道具」ですが、実際に何が流されたのか作中でわかるのは「ハサミ」「金槌」「ハンマー」「手押し車」「トラック」くらいでしょうか。独立時に思い切って購入したとか、誰かから譲ってもらったといったエピソードは出てきません。サイズや重み、色や質感についても全く触れられません。道具を手入れするような描写もなかったように思います。

あまり物には拘泥しない主人公なのだろうと推察できるわけです。あるいは、震災後の状況下、道具について悠長に思い出したりできるような心情ではないのかもしれません。

佐藤厚志さんとポメラ

ちなみに、作者の佐藤厚志さんがポメラをどう扱っているか端的にわかるのがこのツイート。

ポメラを語るとき「相棒」と表現する人は多いのですが、佐藤さんは「商売道具」。「これが無ければ食っていけない」というスタンスは主人公と若干重なります。

しかし、ツイート後段で佐藤さんはポメラを使うときにはキーボードカバーをかけていることを紹介しています。しかもポメラのサイズに合わせて自作しているそうです。

私の経験上、職人は道具を自分で作ったり使いやすくしたりする人が多いのですが、まさに佐藤さんのポメラにかかったキーボードカバーはその類だと思います。このあたりは、道具について一向に語らない主人公とは異なります。

今回は大いにこじつけで「荒地の家族」からポメラ要素を探してみました。
次のページはネタバレありの感想なので(実はこちらが本命)興味があればどうぞ。